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ダンクシュートのきっかけの話


内定式。
毎月設問に答えて提出するようにと、冊子を渡された。帰宅して早々、意気揚々と冊子を開く。今月の課題は「あなたにとってのメンターは誰か?」。おれは静かに冊子を閉じた。そんな人はとんと思いつけなかった。



一緒にいて楽な人になりたかった。
この人のこういうところ嫌だなあ なんて思われるのは絶対に嫌だった。

いま一緒にいるこの人は、おれに何を期待しているのか?
いまお話をしているこの人は、おれにどんな反応を期待しているのか?
そんなことばかり意識するようになった。

すると不思議なもので、意図せずともそういった相手が必要としているモノが見えてくるようになった。
あとは簡単な話で、そうやって見えてきたニーズを忠実に再現するだけだった。

それだけで、人から好かれることが多くなった。
人付き合いがゲームのように感じた。

ミッション : 対 先輩
ニーズ把握度 95%
ニーズ再現度 98%
総合ランク S
先輩からの好感度が120あがった!

みたいな感じで。


でも気づいてしまった。
本当は違う。そうやって、相手の期待に応えることで、見返りを期待していた。
「お互いに高め合える仲がいい」なんて一丁前なこと言っちゃって、つまりは「ネッ?こんだけ君を満たしてあげたんだから後はわかるよナ?さあ、君はおれに何を与えてくれるんだい?」なんて思ってた。

汚ねえ。なんて汚ねえ考えなんだろう。

勝手にニーズを把握するだの、再現してやるだの、そういった好意を押し付けておいて、見返りをもらって当たり前だと考えていたんだ。

そもそも期待するという行為そのものが損のカタマリでしかない。期待した結果、なにも得られなかったらそれは単純に損を意味する。仮に期待したものを得られたとしても、ようやくそれでトントン。ああよかった。そんだけ。


ついこのあいだ、1年ぶりに会う人と話し込む機会があった。彼女はおれが今まで会ってきた人の中でもずば抜けて真っ白な、純粋な人だった。

世間は甘くない。

彼女もその純粋さ故に、騙され、傷つけられる日々を送っていた。でも、それでも、彼女は自分を貫いていた。
こんなにきれいな心で、必死に荒波に耐え忍んでいる彼女を想像すると、こうして文字を打っている間も、何も力になれない自分に対して空っぽで灰色な感情が浮かび上がってくる。
それと同時に、そんな彼女の純粋さにつけ込んで、彼女を振り回し、傷つけ、搾取していった顔も知らない奴らに対して黒々とした想いがふつふつと沸き立ってくるのも感じる。
これに関しては別の考察もあるのだけれど、それはまた別の機会に書くことにする。とにかくおれは彼女のまっすぐな真っ白さにとても感動してしまって、今までのおれの汚い処世術を根底から揺るがされたような気分になってしまった。一歩間違えれば、おれだって汚く搾取する側になっていたかもしれないのだ。そう考えたら、まるで真冬の朝にスカイツリーのてっぺんで逆立ちでもしている様な、強烈な寒気が走った。

大切なことを教えてくれた彼女にいまのおれができること。それはたくさん彼女の話を聞いて、そしてたくさん笑わせて少しでも次の日から余裕を作らせてあげることなんじゃないだろうか。そう思ったおれは、また会う約束をしてその日はバイバイしたのだった。





彼女から刺激を受けた次の日、例の冊子の設問を超高速で埋め切り、郵便ポストへダンクシュートを決め込んだのは言うまでもない。